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能登半島地震復興支援を振り返る(3/30) [雑記]

今日のお話です。

金沢では、マンテンホテルに宿泊していました。

金沢マンテンホテル駅前(マンテンホテルチェーン)

金沢マンテンホテル駅前(マンテンホテルチェーン)

  • 場所: 石川県金沢市北安江1-6-1
  • 特色: 露天感覚の男女別大浴場(男性:高温サウナ&水風呂、女性:ミストサウナ)/敷地内駐車場134台


割とでかいホテルで、サラリーマン風、学生団体風、外国人団体風、様々な人々が宿泊していたようです。

朝目覚めて、7時過ぎに金沢駅構内のお店に行き、モーニングをいただきました。
能登牛を使ったピザサンド、おいしかったです。
ついでにお土産とおやつ用のパンを買ってホテルに戻りました。

で、朝風呂に入った後、部屋でコーヒーを飲みながらくつろいでいました。
電車出発の20分前にホテルをチェックアウトし、再度駅に向かいました。
出発案内表示を見ると、乗る予定だったかがやきの表示順がちょっとおかしいことになっていました。
あれこれ調べると、25分遅れで運行しているとのこと。
敦賀での乗り換えは20分なかったと思うので、これを待つとサンダーバードに乗れなくなってしまいます。
次発のつるぎも速達タイプで、幸い乗る予定のサンダーバードと連絡している便でしたので、機転を利かせて自由席の待ち列に並び、無事席を確保しました。
でも、そんな状況でしたし、かがやきに乗る予定の人はこの列車に乗ってくれという放送が流れたため、席は全部埋まってしまったみたいでした。

乗り換えを無事行いながら帰ってきましたが、つるぎもサンダーバードもさくらも、ほぼ満車で、外国人が大半を占めているのでは、といった具合でした。
さくら号乗車後は、新神戸から福山までほぼ記憶なしでした(苦笑)。

最後までプチトラブルに巻き込まれそうでしたが、とっさの判断力で何とか切り抜けました。

さて、あっという間の支援でしたが、できる限りのことはやったかなというのが実感です。
仕事の相方がいてくれたおかげで、業務を分担でき、正直とても助かりました。

以上、復興支援の振り返りでした。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/29) [雑記]

3/29を振り返ります。

朝は前日からの雨がまだ残っていて、風も強かったです。
水曜日の朝以降、宿に我々以外誰もいない状況が続いていて、部屋の鍵に留まらず、玄関の鍵も預かっていました。
最終日は経営者が戻ってくるということで、スタッフさんからの置き手紙に従い、宿泊部屋に両方の鍵を置いて出勤しました。

ですが、それが経営者に伝わっていなかったようで、ちょっとした伝言ゲームになりました(苦笑)。
何かあったら自分のところに連絡が来るという話になっていましたが、特に連絡はなかったので無事解決したのでしょう。

あっという間に最終日を迎えてしまいましたので、残務を一気に片付け、お昼前にあいさつ回りをしていたら、突然急ぎの業務が降ってきました(苦笑)。
慌てて対応し、とりあえず連絡待ちという状況にしてもらい、昼休みの間に撤収しました。
お昼は、スーパーで買った弁当を車中で食べ、食べ終わってから出発しました。

七尾までは国道249号を走り、徳田大津ICからのと里山海道に乗りました。
徳田大津ICより先は北行きしか通行できません。

何とか金沢まで戻り、荷物保管場所に行き、荷物をすべて広島に送り返したところで業務完了です。
夜は、先輩後輩に加え、他地域の同僚と慰労会を開催しました。

ホテルに戻って洗濯し、風呂に入って寝ましたが、24時近くになってしまいました。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/28) [雑記]

3/28を振り返ります。

夜から雨ということで、朝は薄日が差すような感じでしたが、徐々に雲が厚くなっていきました。

この日は、朝から興能信用金庫本店、能登町商工会を順に訪問し、様々な意見交換を行ってきました。
若い経営者は、まだ先が長いので自己資金を費やしてでも補助金などを活用して事業継続の道を探っているものの、年配の経営者は、先が短いこともあり自己資金を費やしてまで事業継続しなくてもいいかなという空気が流れていることを聞きました。
後継者問題など、複雑に様々な要因が交錯するのも分かりますが、廃業する人が増えると、町の死活問題にもつながりますよね。
週末副業の話や、交流人口の増大策など、考えられる施策について町役場とも議論してみました。

木曜日の午後となると、金曜日の引き上げについても考えるようになり、正式に金曜日の昼以降撤収するようにとの指示が出ました。
支援の方針を転換することとなり、その辺の打ち合わせを次のメンバーに対し引継ぎを行いました。
対面して引き継ぐ機会がない(4/1から能登町に来るらしい)ので、オンラインで実施しました。

夕方には、定例の災害対策本部会議が開催され、我々の方針を町長以下に説明しましたところ、ねぎらいの言葉をいただきました。
歴代の皆さんがあれこれやっていたことは、少なからず町長の耳にも入っていたのかな?
伝書鳩的業務に追われつつ、19時近くまで頑張りました。

そのせいで、スーパー2店とも、弁当がほぼ残されてませんでした。
危うく夕食難民になるところでした(苦笑)。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/27) [雑記]

3/27を振り返ります。

この日は朝から曇り空で、出勤途上に対岸の富山、立山連峰がうっすら見えていました。
スカッと晴れたら、さぞいい眺めなんだろうなと思いました。

移動の足として使っていたノートe-powerですが、ようやくこの頃様々な機能を使いこなせるようになってきました。
ヤリスクロスにもあるような機能があれこれついていますので、基本的なところは一緒ですよね。

この日は、役場の人に聞き、特に困っていると思われる事業者の元を訪問し、いろいろお話を聞かせていただきました。
そのため、能登町の東半分をぐるっと回ってきた感じです。
九十九湾の辺りに行くと、結構被害が大きいような感じでした。
天災の前になす術もなく、ただどうしていいのか分からず途方に暮れる人が多くいる、それが現実だと思いました。

内浦地区に行くと、結構倒壊した家屋が目立ちました。
被害のでかい珠洲市に近いだけあって、この辺りにも津波が押し寄せたと聞きました。
丘の上にあったレストラン大樹さんで昼食にしました。
ここは、食器などに被害があった程度で、建物は軽微な損傷で済んだと言っていました。
丘の上はおそらく地盤が頑丈なので、それで助かったのではないかと思います。
ただ、震災直前に愛猫(グリコ君)が脱走してしまい、失意の中にある店主さんでした。
グリコが無事見つかることをお祈りします。

役場に戻り、これまで検討されていなかった相談ルートを確立させ、今後の事業者支援の一助となるような仕組みを組み立てました。
滞在中に足跡を残す仕事ができて良かったです。

夜、宿に戻って弁当を食べながらニュースを見ていたら、門前町に派遣されている先輩が映っていました。
自分の方の仕事はマスコミに取り上げられることがないような内容ですが、町の人たちの役に立てるような仕事をしようと心に誓いました。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/26) [雑記]

3/26を振り返ります。

夜のうちに雨が降っていて、朝は雨のスタートでした。
ノートe-powerに4人乗って役場に出勤しました。
この日からは前任に変わり、自分と関東から来た5年目の若者が担当となりました。
10時半頃、前任たちはそれぞれの地元に帰って行きました。

まずは商工会に行き、着任の挨拶をしました。
それからは、これまで前任たちがしてきた支援業務が本格化し、あちこちに話を繋いでいくような感じの業務でしたが、夕方には我々が預かり知らぬ話で町の担当者がヒートアップし、鎮静化させるのに全力を尽くした感じでした。
伝書鳩的な業務ばかりですが、19時前に何とか業務を終えました。
慌ててスーパーに駆け込んで夕飯を調達し、宿に戻りました。

2人きりの宿となり、ずいぶんゆったり過ごせるようになりまして、前任が残していったお酒で疲れをいやし、風呂に入ってその後眠りについたって感じの一日でした。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/25) [雑記]

3/25の活動を振り返ります。

金沢駅の集合が11時と遅かったため、ホテルは10時ぎりぎりにチェックアウトしました。
この時間は、東京から来る人たちに合わせて設定されており、広島からだと始発に乗らないと間に合いません。
ということで前泊させてもらった感じです。
チェックアウトしてから、派遣者用の荷物置き場として使わせていただいている関係先のオフィスを訪問しました。
被災直後の野営に近いような頃に必要だったような物資ばかりでしたので、今は宿に宿泊できることもあり、特に何も持ち出しませんでした。

で、他地域からの同僚たちと合流し、志賀・穴水、輪島・門前、能登・珠洲の3チームに分かれ、ワゴン車で運ばれていきました。
自分は能登町ですので、珠洲市に行く人たちと一緒でした。
全員お初にお目にかかる方ばかりで、ほぼ会話はなしでした。
内灘町に向け走り、のと里山海道をひた走りました。
片側2車線で80km制限なのに無料ってすごい。
ただ、羽咋(はくい:この歳になって初めて読み方を知った)から先は、徐々に道路に段差が目立つようになり、七尾から先は、正直なところ通行止めレベルの道路を無理矢理開通させているといった感じでした。
対面通行の区間なのですが、2車線とも崩落しているような箇所は、路肩の法面を開削して1車線の道路を作っていました。
そんな箇所ばかりで、日本ではありえないような道路環境でした。
これは当分全面復旧しないだろうな。

能登空港のところでのと里山海道を下り、東に向かいました。
道路は所々大きな段差があり、山を見ると至る所で崖崩れが起きています。
何ともない地区と被害がある地区がはっきり分かれるような感じがしました。

金沢の天気は雨でしたが、こちらは終日曇り空でした。
旧柳田町から南下し、能登町役場のある宇出津地区に到着しました。
到着後は、前任者2人からの引継ぎを受け、町役場の担当者へのあいさつ回りをしました。

能登町役場は、数年前に移設新築したみたいでしたが、周囲は所々アスファルトが波打っていたり、インターロッキングがボコボコになっていたり、建物の周りがちょっとやられている感じでした。
内部の一部が避難所として使われており、我々のような支援者は裏口から出入りしていました。
集落を見渡すと、所々屋根にブルーシートがかけられており、やっぱり被災地なんだなと実感しましたが、比較的被害が少なめの印象も受けました。

水道が復旧途上でして、庁舎内のトイレは使えるものの、紙は流せない状況でした。
役場周辺も、まだ一部断水が続いていたり、下水道が使えなかったりと聞きました。
なので、飲食店はほぼ閉店していました。

夕方、町長以下町の幹部が集まって災害対策本部会議が開催され、それを傍聴しました。
各課から所掌にかかる復旧状況や今後の見込みなどが報告され、町幹部があれこれ質問するようなこともありました。

会議終了後、前任者とともに宿に戻りましたが、その前にコンビニで夕食を調達しました。
宇出津にはコンビニ1店、Aコープ1店、スーパー2店がありますが、18時~19時には閉店するため、遅くなる時は先に買っておき、なるべく19時までには退庁するようにしていたと聞きました。
宿は町役場から車で10分ちょっとのところにある「ふらっと」という民宿です。
ここも被災しており休業中なんですけど、数代前の派遣者が町の課長さんにお願いしてもらい、ここに宿泊するようになったと聞いています。
数代前まで、宇出津の民宿にいたそうなんですけど、水が使えず不便だったんですけど、ふらっとさんは水が使えるということで。(つまり、トイレと風呂が利用可能。)
素泊まりで、ということでしたけど。

この日は10畳間に4人で寝ましたが、まあさほど窮屈ではなかったです。
風呂は檜風呂で、なかなか気持ち良かったです。
ここお風呂は肌がつるつるになると前任者たちが言っていましたが、湯は普通の水道水とのことで、調べた結果、phは6.9でほぼ中性、硬度が20程度とのことで、きっと硬度が低いのでそう感じたのだろうと思いました。
弱アルカリのぬるぬるとはちょっと違う感じでしたし。

この夜は酒盛りして風呂を楽しんで終わりました。
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能登半島地震復興支援を振り返る(3/24) [雑記]

皆さん、こんにちは。

昼過ぎに広島に帰ってきましたが、今日は暑いですね。
今週は能登にいて、真冬のように寒い日があったので、何か夏にでもなったかのような暑さにびっくりです。

さて、日ごとに能登半島地震復興支援について振り返っていこうと思います。
まずは前泊の3/24を振り返りたいと思います。

金沢に15時ごろ到着する予定で、朝10時過ぎに自宅を出発し、芸備線・山陽新幹線・サンダーバード・北陸新幹線と乗り継いでいきました。
春休みですから、元々多い外国人に加え、学生や母子連れといった人々も加わり、どこのターミナル駅もほぼカオス状態ですよね(苦笑)。
少しでもくつろぎながら行きたかったので、行きはみずほの指定席でゆったりした時間を過ごしました。

少し新大阪でゆとり時間を作り、弁当をを購入し二度目となるサンダーバード乗車を果たしました。
今回は普通車指定席にしておきましたが、そんなに混雑していませんでした。
関西圏は複々線ですので、在来線ナンバーワンの表定速度を誇る特急列車が、緩行線の各駅停車を抜き去っていくのは、気持ちがいいですね。
京都から外人女性2人組が乗ってきましたが、自分と通路を挟んで反対側に座っていた男性に、あなたは席を間違えていると英語でまくしたて、詰め寄っていました。
でも、お互いチケットを見せ合い、男性は無視を決め込んでいました。
でも女性も納得しない感じで一度は食い下がりましたが、状況は変わらず。
英語の車内放送を聞いた後、自分にもこの切符は正しいか見てほしいと英語でお願いされ、よく見ると大阪行きの指定券でした。
逆の列車に乗ったことを伝えると、ようやく納得したような感じで、次の駅まで1時間ぐらいかかる旨を伝えました。
たまたま車掌が通りかかったので、後を引き継ぎました。
間違って乗った分は請求しないけど、敦賀で京都までの切符と大阪までの指定券(全席指定なので)を買ってくださいと説明していました。

前回は金沢まで乗りましたが、今は敦賀までですので、1時間程度で敦賀に着きました。
以前は在来線ホームを通っていましたが、今は線路が変わり、新幹線の高架下に特急専用のホームが利用されています。
乗り換え時間が8分しかないので、急いで3階の新幹線乗り場を目指しました。
日々鍛えている足腰をもってすれば、余裕すぎるぐらいですけどね。

乗り換えた北陸新幹線は、各駅停車タイプのつるぎ金沢行きでした。
対面には次発の富山行きつるぎも停まっていて、一瞬間違えそうになりました(苦笑)。
長野新幹線時代から走っている列車もありますから、新しい車両なのかどうかは放送を聞かないと分かりません。
幸い、西日本の車両で、サンダーバードと同じ谷村新司さんの北陸ロマンが流れました。
このメロディー、とても好きになりました。
各駅停車だと、金沢までの停車駅は、各駅タイプだったサンダーバードとほぼ同じ、越前たけふ、福井、芦原温泉、加賀温泉、小松、金沢となります。
在来線時代でも、この停車駅パターンだと、数駅ごとに停車する感じでした。
それが新幹線になると、加速しきらないうちに次の駅の車内放送が流れ始めます。
鈍亀新幹線だなぁ。
最高時速は260km/hですが、220~230km/hぐらいで頭打ちとなります。
おかげで、300km/h出す山陽新幹線と比べると落ち着いた感じなんですけど。
のろのろ走りながらも、無事金沢到着!

金沢駅も外国人だらけで、日本人を含めたアジア系より、外人の方が多いのでは、といった感じでした。
相変わらず、すごい混雑ぶりでした。

宿泊するホテルは14時からチェックインできるため、荷物を置くためホテルに向かいました。

スマイルホテル金沢西口駅前

スマイルホテル金沢西口駅前

  • 場所: 石川県金沢市広岡3-2-37
  • 特色: 2021年11月28日(日)新築グランドオープン!【全室禁煙】金沢駅西口より徒歩約4分の好立地。



荷物を置き、先月訪ねたばかりですが、金沢城&兼六園を散歩してきました。
金沢城は通り抜けただけです。
兼六園は、前月訪問した際、まだ梅も咲いていませんでしたが、今回は梅が散りかけている感じでした。
風情を楽しもうと、池のそばの茶屋で抹茶をいただきました。
ちょろっとの抹茶にお菓子が付いていましたが、700円は高くね?(苦笑)
インバウンドの外人さんからすれば、これでも安いと思うのでしょうけど。

その後、金沢21世紀美術館を訪問し、無料エリアを見て回りました。
有料エリアは震災の影響で入れませんでしたが、自分には先鋭的な芸術はちょっと理解に苦しむところです(苦笑)。
その後、香林坊、武蔵町エリアを歩いて金沢駅に戻りました。
このエリアが金沢の中心部になるんですね。
中心部が駅から離れているのは、広島みたいな感じですね。

金沢駅に戻り地下通路に下りると、同じ時期に石川県庁に派遣される職場の後輩とばったり出くわしました(笑)。
広島で出会うのならまあそういうこともあるのかなと思いますが、まさかこんなところで…。
少し会話をして別れ、自分はスタバでコーヒー&ケーキでまったりしました。
その後、ゴーゴーカレーに行き、メジャーカレーをいただきました。
正直、スタバで食べたケーキが余分だったな(苦笑)。
キャベツをお代わりして、久々に限界寸前まで胃袋に詰め込みましたとさ。
さすがに、メジャーカレーワールドチャンピオンクラスは食べきれない自信があります。

食事後は、喉が枯れない程度の90分歌うことにして、ジャンカラに行きました。
GLAYメドレーにご満悦でホテルに戻り、風呂に入って寝て、24日は終わりましたとさ。
同じ時期に輪島市門前町に派遣される先輩から職場の電話に連絡があったようですが、電源を切っていて気づきませんでした。
先輩、ごめんなさいm(__)m
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能登半島地震被災地派遣が決まりました [雑記]

引き続き、こんにちは。

日が陰り、雨が雪に変わってきました。
明日は晴れの予報ですけど、どうなることやら…。

さて、まだ派遣される自治体は決まっていませんが、日曜日から月末まで、能登半島のどこかに派遣されることになりました。
自治体の支援目的らしいですけど、日々の活動の全容ははっきりしていません。

しかも、戻ってきて4/1には異動があるんですよね(苦笑)。
前任者によると、まだ引継ぎの準備ができていないから4/1以降に、とのこと。
自分の後任は5月に来るそうですが、残留メンバーに当面の業務を引き継いでおく必要があります。
あと2日でいろいろやっておかねばならないって、どうなん?

能登では、行先によってホテルで寝れるケースと、どこかの施設で寝袋で寝るケースがあるそうです。
別に寝袋でも構いませんが、プライバシーが全く確保されないと聞いていますので、それはちょっとストレスになりそう。
自分はどちらかというとワイルド系なんでしょうから、寝袋になることを想定しておきましょう。
妻の話だと、自衛官の義弟が現在能登に派遣されているようです。
また、同業の従弟も今能登に派遣されていて、場合によっては従弟から業務を引き継ぐ可能性もあるようです。

東北以来の被災地支援になりますが、現地で何かのお役に立てれば幸いです。
北陸新幹線に乗る機会があるのが嬉しいですけど、遊びに行く訳ではないので、気を引き締めてまいりたいと思います。
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春分の日なのに雪が降ってきた [雑記]

皆さん、こんにちは。

今日は雪のち雨のち晴れみたいな天気の一日です。
ここ数日、少し季節が逆戻りした感じでしたが、朝は風の音で目覚めた感じです。
すごく吹いているなと思い外を眺めたところ、雪がちらついていました。
みぞれと言った方が正しいかもしれませんが、今日は春分の日ですよね。

この時期に雪が降るのは初めてかも。
真冬のように寒い一日となりました。

ただ、時間の経過とともに雨もやみ、今は青空がしっかり見えます。
まだ時折強風が吹いてくる時があるようです。

そんな一日ですが、午前中は久しぶりに妻とコストコに行きました。
天気が悪いからか、普段の週末よりは人の出足が鈍いように感じました。

お昼前には、エディオンにお願いしてエアコンのクリーニングをしてもらいました。
終わった頃に汚れた洗浄液を見せていただきましたが、あれがエアコンの中にへばりついていたと思うと、ちょっと気分が悪くなりますね(苦笑)。

午後からは、せっかくの休日ですので少し長めに昼寝しました。
最近寝不足気味でしたので、週の中日に休日があるのはとてもありがたかったです。
外は寒いしびしょ濡れですから、こういう日はのんびり過ごせばいいんです。

ふと外を見ると、またみぞれ交じりの雨が降ってきました。
桜の開花が間近と聞いていますが、いつになることやら。
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後輩たちと四国に行ってきました [雑記]

皆さん、こんばんは。

この週末は、職場の若手3人とともに四国旅行をしてきました。
四国と言っても、毎度の民宿大岩&佐田岬半島が目的地ですけど。

土曜日の朝、順次後輩たちをピックアップし、しまなみ海道経由で佐田岬半島を目指しました。
途中、因島の大浜PAでおみやげを買い、ついでに蛇口から出るミカンジュースを飲んできました。
愛媛の自虐ネタが広島県内にもあったとは…(苦笑)。
でも、一家に一つこういう蛇口があったらいいかな。

湯ノ浦から再度高速に乗り、伊予インターで下り、道の駅ふたみに立ち寄り昼食としました。
今回は鯛めしがキーコンセプトで、愛媛県に伝わる二種類の鯛めしを味わうことにしていました。
で、まずは昼食に宇和島風の鯛めしをいただきました。
簡単に言えば、鯛の海鮮丼ですね。
とてもおいしかったです。

その後、道の駅に立ち寄りながら佐田岬灯台に行ってきました。
あいにく霞んでいて、佐賀関あたりはぎりぎり見えていましたが、別府や国東半島までは確認できませんでした。

夜はもちろん食べきれないほどの料理で宴会となりました。
今回は伊勢海老ではなくあわびをサービスしてもらいまして、しっかり堪能しました。
鍋には伊勢海老が入っていました。
ご飯は、いわゆる炊き込みご飯の鯛めしを準備いただきましたが、これがめちゃくちゃうまかった!
あまり飲めないですけど、ビールがうまかったです。
食事の後は、10時半までみんなでカラオケして、11時までに風呂を済ませ、11時半頃就寝しました。

今日は6時半に起床し、朝風呂に入ってから朝食をいただきました。
9時に大岩を出発し、道の駅瀬戸農業公園、あわしま堂本社工場、長浜大橋などに立ち寄り、お昼は高速の伊予灘SAで鯛めしをいただきました。
こちらは表面をあぶっていましたが、道の駅の鯛めしの方がおいしかったな。

その後、今治タオル美術館に立ち寄り、見学や買い物を楽しみました。
夕食時に広島に帰ってきまして、楽しい旅となりました。

民宿大岩、いつ行っても食事に感動です。
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